前回の記事では、「細菌」というものが「細胞壁」という鎧で守られていて、外界からの刺激に対して非常に強い性質を持っていることを説明しました。

 では、もう一方の「ヒトの細胞」はどうでしょうか? 「細菌」と比べて「強い」のでしょうか、それとも「弱い」のでしょうか? 消毒薬を傷口に塗れば、消毒薬の効果、つまり「毒性」は当然「細菌」にも「ヒトの細胞」にも同様に作用するはずです。どちらが強いのかがわかれば、自ずから

   どちらがより多く殺滅されるか

も明らかとなるわけです。


 そこで、今度は「ヒトの細胞」の性質について考えてみることに致しましょう。


 ヒトの細胞は、当然ながら「動物細胞」の一種であり、「細胞壁」を持ちません。ですから、その中身を守る構造としては

   細胞膜しかない

わけです。しかも、その細胞膜というのは、以前にも触れましたように「脂質二重層」という極めて脆くて薄い膜でしかないのです。この事実から見ても、ヒトの細胞というものが

   非常に弱い

存在であることが充分に想像できるでしょう。

 ですが、おそらくあなたが想像されている「弱さ」は、現実の「か弱さ」に比べればまだまだ到底及ばないのです。

 ヒトの細胞がいかに「弱く」、「脆く」、「死にやすい」ものであるか充分に納得して戴くために、くどいようですがこれから順々に説明して参ることと致しましょう。


◯ ヒトの細胞の生存には水分が不可欠

 まず、ヒトの細胞が生きていくためには周りが水に包まれていなければなりません。つまり、乾燥してしまったらすぐに死んでしまうのです。その点、ちょっとした乾燥くらいでは死なない細菌とは全く違います。

 しかも、ヒトの細胞が死なないためには「ただ周りに水があればいい」わけではなく、「同じ浸透圧の水」でなければなりません。前回記事でも触れましたように、細胞膜には「半透膜」としての性質がありますので、その内外で浸透圧の差があると、薄い方から濃い方へと水だけが移動する結果となります。そうなると、もしヒトの細胞の周りの水が細胞の中身よりも濃かったら、細胞からどんどん水が抜けていって、しまいには干からびて死んでしまうでしょう。また、逆に細胞の中身に比べて周りが薄かったら、水がどんどん細胞内へ入り込んでしまい、細胞が水で膨れあがって最後には破裂してしまうでしょう。

 ですから、ヒトの細胞はとても特殊な環境がなければ「生きていること」すらできないのです。


◯ ヒトの細胞は化学物質に敏感

 ヒトの細胞は一応「細胞膜」という被膜に包まれてはいます。しかし、この「細胞膜」は極めて薄く、また脆いもので、界面活性剤などの化学物質で容易に破壊されてしまいます。しかも、「細胞膜」はただの膜ではなく、細胞の外との物質のやり取りや情報の伝達などのために幾つもの「通路」が用意されていて、それらは全て蛋白質で造られています。

 つまり、細胞の表面には幾つもの蛋白質がむき出しの状態で存在しているわけです。そうなると、蛋白質に影響を及ぼす化学物質は全て細胞にも変化をもたらすことになるのです。

 そうなると、細胞膜以外に何も身を守るものを持たないヒトの細胞は、化学物質からの影響(主に悪影響)をもろに受けることになります。その点、外側に細胞壁を持つ細菌は、化学物質を細胞壁がある程度遮ってくれますので、影響を受けにくいと言えるのです。


◯ ヒトの細胞の生育には他の細胞の存在が必要

 ヒトの細胞の生存には「特殊な環境が必要」だと言いました。ですが、ヒトの細胞がただ死なないだけでなく「生きていく」ためには、それだけでは到底不十分なのです。ヒトの細胞の生育には、どうしても他の細胞との共存が必要なのです。

 これが例えば細菌であれば、もし他に菌がいなくても、栄養などの条件が満たされていれば勝手に増えて生き続けることができます。細菌はそれぞれ1個の細胞で栄養を取り、不要物を排泄することができるからです。

 ところが、ヒトの細胞は元々1個1個で生きていくようにはできておらず、それぞれの組織の一員として与えられた役割だけを果たせばよいように変化している(このことを「分化」と言う)のです。ですから、必要とする栄養などは、その細胞に適した形で与えられるような仕組みが他の細胞によって用意されており、自分で獲得したりする必要がないようになっているのです。

 実際、細菌を増やすには栄養を溶かした寒天などの上に塗って暖めておくくらいでよく、その栄養もあまり複雑な成分を要しないものが多いのです。ところが、ヒトの細胞を培養しようとなるとこれは大変で、数え切れないほどの様々な成分を含む培養液を用意するだけでなく、それに牛胎児血清(牛の胎児から採った血液を放置し、上澄みを採取したもの。「牛の血液」では駄目で、「牛の『胎児』の血液」でなければならないのでとても高価)を混ぜなければならないのです。しかも温度調節も微妙で、少しでも狂うとすぐに死んでしまいます。癌細胞ですら、例外ではありません。

 例えて言えば、細菌は自分で餌を探し自分で調理して食べている自立した大人であり、ヒトの細胞は食事も排泄も人任せの赤ん坊のようなものなのです。如何にヒトの細胞が「か弱い」か如実におわかりになるでしょう。


 如何でしょうか?

 ヒトの細胞というものが如何に弱くて死にやすいものであるか、充分におわかりになったことでしょう。

 ですが、こういう説明をすると、

   「じゃあ、ヒトはなぜ簡単に死んでしまわないんだ?」

という疑問を持つ方もいらっしゃるかも知れません。

 ですが、これは矛盾ではないのです。ヒトの細胞は確かに1個だけで見ると極めて「か弱い」ものでしかないのですが、ヒトという個体はとてつもない数の細胞でできているわけですので、その中のあるものが「皮膚」や「粘膜」といった外界との境界を守る組織として働き、内部環境を保ってくれているから、ヒトは簡単に死んだりしないで済んでいるということなのです。


 傷口というものは、つまり、その「外界との境界を守る組織」が破れている部分のことであるわけですから、そこに露出している細胞は、1個1個の細胞と大差ない脆弱な状態と考えてよいのです。


 この「細菌」と「ヒトの細胞」との違い、特にその強さの違いを考えたとき、「消毒」という行為はどういう結果を招くでしょうか? これはもう、考えるまでもなくあからさまにわかり切っているのです。


 次回は、この「消毒が引き起こす結果」について確認し、

   「消毒はバイ菌(細菌)だけを殺す」

という神話がとんでもない間違いであることを明らかにしようと思います。


(続く)

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