まずとりあげるのは、どこの医療機関でもごく当たり前のように行っていることであり、取り立てて「治療」というほどのものでもない医療行為です。それは、陥入爪を起こしている部位に副腎皮質ホルモン含有軟膏(*1)を塗布し、抗菌剤(*2)を併用するというものです。
「副腎皮質ホルモン」というのは専門医学用語ではありますが、一般にも広く知られているものだと思います。この言葉をご存じない方でも、別名である「ステロイドホルモン」(または「ステロイド」)であればおそらく聞いたことがあるでしょう。
ヒトの体には、左右の腎臓の上方に「副腎」という臓器があり、数多くのホルモンを分泌する働きをしています。その副腎は構造上、「皮質」と「髄質(ずいしつ)」とに分けられ、そのうちの「皮質」で作られるホルモン(一つだけではない)のことを総称して「副腎皮質ホルモン」と呼んでいるのです。これらのホルモンは、「ステロイド」と呼ばれる化学的構造を持つという共通点があるため、「ステロイド(ホルモン)」とも呼ばれているわけです。
ここで副腎皮質ホルモンについて説明し始めると1冊の本になってしまいますので、ここではその効果の一つを挙げるにとどめます。それは
「あらゆる炎症を強力に抑える」
という効果です。ここで「あらゆる」とつけた意味は重要であり、すなわちその炎症が
生体にとって必要であろうがなかろうが
「強力に抑える」というのが、副腎皮質ホルモンの大きな特徴になっているのです。
このような「炎症抑制作用」によって、陥入爪部位の炎症やそれに伴う肉芽などを抑えようというのが、ここで言う「治療」であるわけです。
ただ、それだけであれば「副腎皮質ホルモン外用」だけでよいはずであり、わざわざ「抗菌剤併用」などと付け加える必要はないことになります。それを敢えて付け加えたのには、当然、それだけの理由があります。
実は、単なる「副腎皮質ホルモン外用」だけでは、陥入爪が悪化してしまうのみならず瘭疽(ひょうそ)や全身性の炎症に発展してしまう危険性があるのです。ですから、ここで「抗菌剤の併用」がない場合には、この「治療」は
不適切治療
と言わざるを得なくなるのです。これは一体なぜでしょうか?
「炎症」という現象は、痛みや発熱を伴い実に不快なものでありますが、決して無意味なものではありません。中にはアレルギーや膠原病のように有害無益と言えるような炎症もありますが、大部分の場合、炎症とは
生体を守るために外敵(細菌など)を排除する
働きなのです。だからこそ、陥入爪で皮膚に爪が食い込んでそこから細菌が入った場合に炎症が生じているわけです。
ですから、炎症をただ闇雲に抑えるだけでは、細菌の助太刀(すけだち)をしているに等しく、病状がさらに悪化してしまうわけなのです。
そのため、もし副腎皮質ホルモンを使用するなら、必ず、細菌に対して抗菌剤を内服するかせめて軟膏に混入して併用すべきなのです。
ただ、ここまでお読みになっておわかりのように、この「治療」は陥入爪の原因に対しては何も働きかけていません。ただ、炎症を抑えているだけです。
ですから、陥入爪のうちでも食い込みの程度がごく軽いもの、ほんの初期のものにしか効果は期待できません。実際、陥入爪で医療機関に訪れる方は、ある程度悪化している場合がほとんどですので、この「治療」だけで済むことはまずありません。他の治療の補助手段として用いるくらいが精々でしょう。
それでも、一部の医療機関では、かなり進んだ陥入爪に対してもこの「副腎皮質ホルモン製剤外用・抗菌剤併用」ばかり繰り返して漫然と経過観察していることがあります。中には、「抗菌剤併用」さえしていない所さえあります。これでは、通院を続けても改善は期待できないでしょう。
皆さんには、この「治療」の効果とその限界をお知り戴いて、陥入爪の程度が重い場合には他の治療手段が必要であることをおわかり戴きたいと存じます。
もし、現在お受けになっている治療がこれに類するものでしたら、ぜひともよくお考えになり、場合によっては他の医療機関への相談も考慮されることをおすすめ致します。もちろん、私の「爪専門外来」でも結構です。
(続く)
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注
*1:
一般に薬剤を外用(飲んだり注射したりせずに外から皮膚や粘膜に直接塗る使用法)する場合の製剤には、「軟膏」と呼ばれるものと「クリーム」と呼ばれるものとがあります。
皆さんは、この両者の違いをご存じでしょうか? 同じようなものだとお思いではありませんか?
実は医療関係者でさえ、この違いをよく知らない者が多いのです。
このことは、結構重要なことですので、後で改めて記事にとりあげたいと思いますが、ここで大事なことは
陥入爪には「軟膏」を用いる(「クリーム」は不可)
ということです。今はこのことだけ覚えておいて戴きたいと存じます。
*2:
ここでは細菌に対する治療薬という意味で「抗菌剤」という言葉を使っています。ですが、皆さんにとっては
「抗生剤」
とか
「抗生物質」
という言葉の方が馴染みが深いのではないでしょうか?
私も「抗菌剤」という言葉はあまり耳慣れないであろうことは存じていますが、ここではそれを承知で敢えて
「抗菌剤」
という言葉を使ったのです。
ここでお伺いしますが、皆さんは「抗生剤」、「抗生物質」、「抗菌剤」のそれぞれの意味・違いを説明できますか? 実は、これも医療関係者(医師を含む)でさえよく知らない場合が往々にしてあることなのです。
この問題も、説明すると長くなりますので、また改めて記事でとりあげるつもりでおりますが、ここでは
細菌に対抗する働きを持つ薬剤の総称を「抗菌剤」と呼ぶ
ということだけ覚えておいて戴きたいと存じます。
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爪専門外来について診療・相談ご希望の方は、どうぞ下記のホームページをご参照の上、電話にてお問い合わせください。
医療法人健齢会 ふれあい平塚ホスピタル ホームページ: http://www.fureai-g.or.jp/fhh/
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また、私個人へのメールによる問い合わせにも対応致しますので、ご希望の方は下記メールアドレス宛にご送信ください。ただし、職務の都合上、返信に日数を要することがありますので、ご諒承ください。
医療法人健齢会 ふれあい平塚ホスピタル 内科 宮田 篤志
メールアドレス: miyataatsushi8@gmail.com
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「副腎皮質ホルモン」というのは専門医学用語ではありますが、一般にも広く知られているものだと思います。この言葉をご存じない方でも、別名である「ステロイドホルモン」(または「ステロイド」)であればおそらく聞いたことがあるでしょう。
ヒトの体には、左右の腎臓の上方に「副腎」という臓器があり、数多くのホルモンを分泌する働きをしています。その副腎は構造上、「皮質」と「髄質(ずいしつ)」とに分けられ、そのうちの「皮質」で作られるホルモン(一つだけではない)のことを総称して「副腎皮質ホルモン」と呼んでいるのです。これらのホルモンは、「ステロイド」と呼ばれる化学的構造を持つという共通点があるため、「ステロイド(ホルモン)」とも呼ばれているわけです。
ここで副腎皮質ホルモンについて説明し始めると1冊の本になってしまいますので、ここではその効果の一つを挙げるにとどめます。それは
「あらゆる炎症を強力に抑える」
という効果です。ここで「あらゆる」とつけた意味は重要であり、すなわちその炎症が
生体にとって必要であろうがなかろうが
「強力に抑える」というのが、副腎皮質ホルモンの大きな特徴になっているのです。
このような「炎症抑制作用」によって、陥入爪部位の炎症やそれに伴う肉芽などを抑えようというのが、ここで言う「治療」であるわけです。
ただ、それだけであれば「副腎皮質ホルモン外用」だけでよいはずであり、わざわざ「抗菌剤併用」などと付け加える必要はないことになります。それを敢えて付け加えたのには、当然、それだけの理由があります。
実は、単なる「副腎皮質ホルモン外用」だけでは、陥入爪が悪化してしまうのみならず瘭疽(ひょうそ)や全身性の炎症に発展してしまう危険性があるのです。ですから、ここで「抗菌剤の併用」がない場合には、この「治療」は
不適切治療
と言わざるを得なくなるのです。これは一体なぜでしょうか?
「炎症」という現象は、痛みや発熱を伴い実に不快なものでありますが、決して無意味なものではありません。中にはアレルギーや膠原病のように有害無益と言えるような炎症もありますが、大部分の場合、炎症とは
生体を守るために外敵(細菌など)を排除する
働きなのです。だからこそ、陥入爪で皮膚に爪が食い込んでそこから細菌が入った場合に炎症が生じているわけです。
ですから、炎症をただ闇雲に抑えるだけでは、細菌の助太刀(すけだち)をしているに等しく、病状がさらに悪化してしまうわけなのです。
そのため、もし副腎皮質ホルモンを使用するなら、必ず、細菌に対して抗菌剤を内服するかせめて軟膏に混入して併用すべきなのです。
ただ、ここまでお読みになっておわかりのように、この「治療」は陥入爪の原因に対しては何も働きかけていません。ただ、炎症を抑えているだけです。
ですから、陥入爪のうちでも食い込みの程度がごく軽いもの、ほんの初期のものにしか効果は期待できません。実際、陥入爪で医療機関に訪れる方は、ある程度悪化している場合がほとんどですので、この「治療」だけで済むことはまずありません。他の治療の補助手段として用いるくらいが精々でしょう。
それでも、一部の医療機関では、かなり進んだ陥入爪に対してもこの「副腎皮質ホルモン製剤外用・抗菌剤併用」ばかり繰り返して漫然と経過観察していることがあります。中には、「抗菌剤併用」さえしていない所さえあります。これでは、通院を続けても改善は期待できないでしょう。
皆さんには、この「治療」の効果とその限界をお知り戴いて、陥入爪の程度が重い場合には他の治療手段が必要であることをおわかり戴きたいと存じます。
もし、現在お受けになっている治療がこれに類するものでしたら、ぜひともよくお考えになり、場合によっては他の医療機関への相談も考慮されることをおすすめ致します。もちろん、私の「爪専門外来」でも結構です。
(続く)
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注
*1:
一般に薬剤を外用(飲んだり注射したりせずに外から皮膚や粘膜に直接塗る使用法)する場合の製剤には、「軟膏」と呼ばれるものと「クリーム」と呼ばれるものとがあります。
皆さんは、この両者の違いをご存じでしょうか? 同じようなものだとお思いではありませんか?
実は医療関係者でさえ、この違いをよく知らない者が多いのです。
このことは、結構重要なことですので、後で改めて記事にとりあげたいと思いますが、ここで大事なことは
陥入爪には「軟膏」を用いる(「クリーム」は不可)
ということです。今はこのことだけ覚えておいて戴きたいと存じます。
*2:
ここでは細菌に対する治療薬という意味で「抗菌剤」という言葉を使っています。ですが、皆さんにとっては
「抗生剤」
とか
「抗生物質」
という言葉の方が馴染みが深いのではないでしょうか?
私も「抗菌剤」という言葉はあまり耳慣れないであろうことは存じていますが、ここではそれを承知で敢えて
「抗菌剤」
という言葉を使ったのです。
ここでお伺いしますが、皆さんは「抗生剤」、「抗生物質」、「抗菌剤」のそれぞれの意味・違いを説明できますか? 実は、これも医療関係者(医師を含む)でさえよく知らない場合が往々にしてあることなのです。
この問題も、説明すると長くなりますので、また改めて記事でとりあげるつもりでおりますが、ここでは
細菌に対抗する働きを持つ薬剤の総称を「抗菌剤」と呼ぶ
ということだけ覚えておいて戴きたいと存じます。
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医療法人健齢会 ふれあい平塚ホスピタル ホームページ: http://www.fureai-g.or.jp/fhh/
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また、私個人へのメールによる問い合わせにも対応致しますので、ご希望の方は下記メールアドレス宛にご送信ください。ただし、職務の都合上、返信に日数を要することがありますので、ご諒承ください。
医療法人健齢会 ふれあい平塚ホスピタル 内科 宮田 篤志
メールアドレス: miyataatsushi8@gmail.com
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突然のメールで失礼致します。
足の親指の内側の部分が肉芽になり、近所の皮膚科にも行きました。爪を切られそうになりましたのでお断りをして、シュウ酸銀?で処置していただきましたが再発しどうしていいか悩んでおります。
先生にお聞きしたいのですが、当初、ネットで調べてクエン酸治療&ゲンタマイシンを塗り何とか治そうとしましたが、肉芽にあたっている爪の部分のみが白くふやけた感じでもろくなっております。白くもろくなることはよくあることなのでしょうか?びっくりしています
(※子爪をはじけば治ると思い、歯間ブラシのとがっているところで爪をはじこうと何度も試みましたが弱っているせいで爪がほろほろくずれています。)
こんな状態なのですが、一度見て頂きいです。
月曜日の午前中でも受信可能でしょうか?
お忙しいところ大変恐縮ですがよろしくお願い致します。